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2012/5/18 Yahoo! ボックス [お疲れ]

会員登録しているYahooからメールがきました。
Yahoo! ボックスに登録すると5GBまで無料で、写真やファイルを保存できるということでした。
友達と共有できるというので、これは便利と思ってさっそく無料の5GBに登録しました。
さて、早速写真を「共有」しようと思って試してみると、

「共有」は50GBに登録しないと使えないというメッセージ。
ご親切に「50GBプランに変更」というボタンまでついています。

50GBプランに登録するにはYahoo!プレミアム会員になる必要があり、月346円の会費がかかります。

なるほど、そういうことか。
やられました。
最初の誘い文句には、そんなことは書いていなかったと思います。

まあ、IDとパスワードでログインすれば共有でなくても、どこでも閲覧できるということで、個人で職場と家、モバイルでという使い道がありますし、家族のように信用できる人にならIDとパスワードを教えて、閲覧できるようにするという手もありますので、無料の5GBでやらせてもらいます。

半年たったら有料になるなんてことはないでしょうね!?
yahoo box.png
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2012/5/15 沖縄返還40周年 [考える]

沖縄返還.jpg
今日は沖縄返還40周年だそうです。
40年前のニュースで記憶しているのは、自動車が右側通行から左側通行に変わったため、事故多発、交差点で右折車両の渋滞がおこったというしょうもないニュース。
多くの沖縄の人たちはこれで普通の暮らしができると思っただろう。
しかし、40年たった今でも基地問題で紛糾している。
政府に不満をぶつけるのではなく、解決のため日本がひとつになってアメリカと交渉することが大切だと思う。

今日の朝日新聞朝刊の「声」には、太平洋戦争の投稿が11ある。
8つは、80歳を超えた貴重な戦争体験者からの投稿である。どれも戦争末期の悲惨な体験談である。
2つは、母から伝え聞いた子供(といっても60代だが)の投稿である。
唯一、じゅわっとくる話

母が私たちを乳母車に乗せて10キロほど行くと、空襲警報が聞こえた。しかし周りは畑で隠れるところがない。前の林へ逃げ込みたいと、母は必死で乳母車を押して走った。しかし、いくらも進まないうちに低空で米軍機が現れた。母はとっさに乳母車の上に覆いかぶさり、顔を上げた。操縦席で若い米兵が自分を見下ろしているのが見えた。しかし、米軍機は爆撃も機銃掃射もせずに去っていった。

林の中に逃げ込んだら、逆に銃撃されていたかもしれない。幼い子がいると気付かれたことが幸運だったのかもしれない。
敵を殺せと命令された兵隊も人間なのである。
映画「禁じられた遊び」の冒頭シーンを思い出す。


1つは鹿児島南九州市知覧町にある知覧特攻平和会館を観光で訪れた43歳の女性の投稿。

あと10年もすれば、太平洋戦争を実体験として語れる人はほとんどいなくなるだろう。
この間、日本が戦争をしなかったことをよかったと考えるべきなのだろうが、戦争体験を風化させない努力も必要だろう。
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2012/5/13 「アジア・太平洋戦争」を読んで [考える]

そういえば、子供の頃、「2000年には42才か」なんて思っていた2000年から12年も経ってしまいました。

アジア・太平洋戦争―シリーズ日本近現代史〈6〉 (岩波新書)

アジア・太平洋戦争―シリーズ日本近現代史〈6〉 (岩波新書)

  • 作者: 吉田 裕
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2007/08/21
  • メディア: 新書


当時の軍部は、政府の統制下にはなく、独立して行動していたようです。
また陸軍と海軍もそれぞれ独自の目標に向かって行動していたようです。
軍部は予算を確保して侵略の成果を挙げるという目標を実行するため、戦争が必要と考えていたようです。
国が平和になってしまうと、軍の仕事は減ってしまいます。

米国に対して戦争をすることには賛否両論あったようです。
結果的には、米国の生産能力を日本と比べたら、勝ち目はなかったわけです。
それでも、日本としては南方侵略のため、米国との戦争を決断しました。

最初は奇襲攻撃で日本は有利に戦争を進めました。

しかし、国力の差は歴然であり、途中から米国が形勢逆転しました。

ここからの日本は結果的に悲惨な経過をたどりました。

戦死者の増加。それを即席で補充するため、誰でも戦争に駆り出す必要に迫られました。
その結果、病弱な者がろくな訓練も受けずに戦場に駆り出されるという事態になり、戦力は低下しました。
実際、戦死者は、戦闘で死亡するのではなく、餓死、病死、海上で溺死する者が少なくありませんでした。

米国軍により船が攻撃され、南方の島々に食料などの物資を運べなくなりました。

国内でも外国からの物資の輸入が途絶え、労働力や原料が軍需産業にとられたため、生活必需品や食料の不足がおこりました。

沖縄戦では、軍人だけでなく多くの民間人が犠牲になりました。
そして、B29が本土へ空襲を行いました。
総力戦となった日本国内では、戦意の低下、戦争を強要する政府、軍への反感が高まりました。

敗戦を覚悟した日本政府は、天皇制の存続、賠償金の免除など、少しでも有利に講和条約を結ぼうと、最後の抵抗をします。
政府は実際には、1945年5月には降伏やむなしと考えていました。

最後の悪あがきで無条件降伏を先延ばししたことが、原爆投下、ソ連の宣戦布告という悪い結果を招いてしまいました。

敗戦後、歴史は冷戦を向かえ、ソ連に対する「反共」のため、戦争相手国だった米国と同盟関係を結ぶと言う皮肉な結果になりました。戦犯として服役していた軍人も釈放されました。

ここからはこの本には書いてありませんが、
日本に占領され、敗戦により、戦利品として米国とソ連に分断された朝鮮は、本当に気の毒です。
ドイツは戦争当事国ですから、仕方ないところもありますが、そのドイツがすでに再統一されたのに、朝鮮が分断されたまま中国もからんで、統一への見通しが全く立たない現状は、国際社会が何とかできないものかと思います。
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2012/5/12 アジア・太平洋戦争 [読む]


アジア・太平洋戦争―シリーズ日本近現代史〈6〉 (岩波新書)

アジア・太平洋戦争―シリーズ日本近現代史〈6〉 (岩波新書)

  • 作者: 吉田 裕
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2007/08/21
  • メディア: 新書


「落日燃ゆ」を読んで、太平洋戦争のことをもっと知りたくなり、本書を手に取った。
小説も探してみたが適当な本がなく、岩波新書のシリーズ日本近現代史を選んだ。
子供の頃、戦争は自分が生まれるより、ずっと昔のことだと考えていた。
しかし、歳をとってみると、実に戦争が終わったのは自分が生まれるたった13年前ということに驚かされる。
今の私にとって、13年前はつい先日のように思えるからである。
そう考えると、終戦からたった13年後に生まれた私が物心ついたころには、戦争の面影が全くと言ってよいくらいみられない復興を遂げた日本という国もすごいと思う。

私は高校で日本史を選択しなかったので、ちゃんと勉強したことがなく、大人になってからも現在と未来ばかり見ていて、過去に興味を持たなかった。
人生の後半に入ったころから、やっと歴史に目を向けるようになり、源氏物語、源義経、龍馬がゆくなどを読み、江、龍馬伝、坂の上の雲などをテレビで見た。

本書は小説に比べるとやや読みにくいが、戦争の経緯をよく理解できた。批判的に吟味しつつも著者の主観をいれず、多くの参考文献を引用して客観的に書かれた良書である。

****

1940.9.27 日独伊三国同盟締結

日中戦争の行き詰まりにより南進政策をとった日本に不快感をもつ米国は、在米日本資産凍結、日本への石油輸出禁止といった対抗措置をとる。

1941.12.8 英領マレー半島コタバルへ上陸、真珠湾空爆

初期作戦の成功

戦局の転換
1942.6.5 ミッドウェー海戦→敗北
1942.8.7~1942.12.31 ガダルカナル島の攻防→撤退
1943 ニューギニア、ソロモン諸島からの後退
1943.5.12~29 アッソ島の玉砕
1944.6.13~7.7 サイパン島陥落
1944.6.15~ 本土空襲
1945.2.19 硫黄島の上陸→日本軍全滅
1945.4.1 沖縄へ上陸→日本軍敗北

戦争の終結へ
1943.11.27 カイロ宣言 米国、英国、中華民国が協力
1945.2.4 ヤルタ会談(ヤルタ協定) 米国、英国、ソ連の秘密協定 ソ連はドイツが降伏後、対日戦に参戦
1945.7.17 ポツダム会談(ポツダム宣言) 米国、英国、中国
1945.8.6 広島原爆投下
1945.8.8 ソ連が宣戦布告
1945.8.9 長崎原爆投下
1945.8.14 御前会議でポツダム宣言受諾を決定
1945.8.15 玉音放送
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2012/5/5 御前山 [歩く]

昨日の雨も上がり、今日は晴れの予報。
5時半に起床。
6時出発。
車で奥多摩へ。
朝早いので道路はガラガラ。
8時前に奥多摩湖に到着。
駐車場も余裕で確保。

御前山0.jpg
風もなく穏やかな湖面。
大雨のあとで、ほぼ満水。
ここは、東京都の水道水を確保するために作られた人造湖。
ダムの上を渡って、奥の山に登ってゆく。

御前山1.jpg
サス沢山(940m)から奥多摩湖を見下ろす。
エメラルド・グリーンの湖面。
今回のルートは新緑の雑木林の中を歩くが、見晴らしの良いところはほとんどない。

惣岳山山頂付近にはカタクリがたくさん咲いていました。
標高の低いところは終わりかかっていましたが、上の方はかろうじて間にあいました。
花が咲くまで7年かかるということです。
御前山2.jpg
カタクリ.jpg
こちら二輪草(だと思います)。
御前山3.jpg

御前山4.jpg
御前山山頂手前に富士山スポットあり。
時間が早いこともあり、先日の塔ノ岳からよりは綺麗に見えました(距離は離れていますが)。
山頂は林に覆われ、幹の隙間から景色を眺める感じです。

時間は十分余っていましたが今日は車なので、往路を下山。
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